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あなたのポジション、教えてください

投資において最大の武器は「時間」 ――シバタナオキさんインタビュー後編

NISAをはじめたばかりで市場の下落に不安を感じている人や若者に向けて、長期投資で成功するための心構えを語っていただきました。インデックス投資との正しい付き合い方、リスク管理のためのリバランス、不動産への考え方、iDeCoの活用法や子どもの学費準備まで、世代を問わず役立つ資産形成の本質に迫ります。(聞き手:加藤貞顕)


前編:どんな方針で資産を運用している?
中編:投資基準は「アナリストの予想を超え続けているか」

NISAはとにかく見ない、やめないこと

加藤貞顕(以下、加藤)  最近気になっていることがあります。去年あたりからNISAをはじめた人たちが悲しい気持ちになっているというニュースがあって、要は証券口座を見ると投資金額がマイナスになっているわけです。それで投資をやめちゃう人が出てきているらしいんですね。

シバタナオキ(以下、シバタ) NISAはとにかく証券口座の残高の増減を見ないことですね。

加藤 投資自体はやめなくていいよ、ということですか?

シバタ やめない方がいいと思います。もちろん将来のことなので保証は一切できないんですけど、過去のデータを分析すると全米株のインデックスが下がり続けるってことはないんですよ。

加藤 そうですね、歴史的に見ると米国株式市場は長期的には必ず回復していますよね。

シバタ なので、下がったら必ず上がるんですよね。

加藤 長期で見れば、ということですね。

シバタ そう。IRR(内部収益率)で、どの期間とるかにもよるんですけど、下がった年と上がった年を全部相殺して平均すると7%から10%ぐらいはリターンが出ているわけです。なので、長期の積み立て投資をやるうえで一番やっちゃいけないことは、そのマーケットを見て自分で意思決定することなんですよ。

加藤 はい。

シバタ 止めたり、増やしたり減らしたりを、自分がプロの投資家になった気分でやるのが最悪なんです。なので何も考えないで毎月同じ金額をずっと入れ続けているだけで、少なくとも過去のデータにもとづくと長期的には増えます。去年みたいに25%増える年もあればマイナスになる年もあるんですけど、長期的には年平均7%から10%増えるわけです。ほかにこんなマジックないわけですよ。

加藤 たしかにこれほど単純で効果的な投資方法はほかにないですね。

シバタ ぼくなんかよりもはるかに頭がいい、ヘッジファンドの人やアクティビストの人でさえ、長期的にはインデックス投資に勝てないんです。なので、いま生活が苦しくて現金が必要というなら別なんですけど、去年NISAをはじめていま落ちていてちょっと悲しいからという理由で投資の戦略を変えるのは本当にやめた方がいいと思います。経済的に損するだけなので。前も話しましたが、ぼくのおすすめはとにかくUXが最悪な証券会社を使うことです。ログインしたくなくなるから見ないっていう。

加藤 なるほど。

シバタ 1年に1回見て、「ああ、今年はよかったな」とか「今年はちょっと辛かったけど、過去累積で見るとこれだけになってるからまぁいいかな」くらいがいいと思いますね。

加藤 じゃあインデックス投資は自動で進めておいて、余裕資金で自分の趣味の投資をするというのがやはりよいでしょうか?

シバタ そうですね。あとはその人の年齢にもよると思うんですよね。

加藤 年齢によって投資戦略は変わるんですね。

シバタ 投資において1番の武器は長期でどのぐらいの時間軸がとれるかだと思うんです。長期投資は実は簡単で、インデックスを買っておけばいい。時間さえ長期でとれれば、基本的にそれ以上のことは必要ないんです。だから若いうち、たとえば20代、30代、場合によっては40代前半でNISAをはじめた人は有利だと思います。老後資金や子どもの学費に向けてただインデックスを積み立てればいいから、むしろ楽なんですよね。逆に、短期で成果を出さなきゃいけない人や、短期売買をやりたい人の方が、はるかに難易度は高いと思います。

加藤 たしかに退職金の運用などはむずかしそうですよね。

シバタ そう。ただ株式のインデックスは、全米株式の場合、落ちる年って3割ぐらい下落するんですよ。そのタイミングで売らなきゃいけない場合は損をする。なので、長期で置いておけるお金は株式のインデックスにしておいて、短期で動かさなきゃいけないお金、たとえば3年とか5年以内に必要なお金に関しては、株式のインデックスから債券のインデックスに少しずつ移していけばリスクは下がっていきます。そんなふうにリバランスをする必要はあると思います。

加藤 なるほど、必要な時期が近づいてきたら、株式から債券へと資産を移していく。

シバタ 近い将来現金化したいものは、株式のインデックスがある程度高い時に売って債権のインデックスに変えておくのが理想ですね。

不動産投資はどう考える?

加藤 不動産投資についてもうかがいたいです。個人の資産では不動産は大きなポジションを占める場合が多くて、特に日本人は不動産を持ちたがる傾向があると思うんです。シバタさんはどういうふうに考えていますか?

シバタ 自分が住む家ってことですよね?

加藤 不動産投資信託、いわゆるリートなども話に含めてもいいかもしれませんが、基本的には自分が住む家についてです。

シバタ ぼくはリートも含めて自分が住む家以外の不動産はやらないですね。家に関しては持ち家と賃貸どっちが正解、というものでもない気がしています。持ち家に住みたい人もいますし、3年とか5年おきに自分が好きなところに住みたいから賃貸の方がいいっていう人もいると思うんですよ。

加藤 人によるということですね。シバタさんはどうしているんですか?

シバタ 家族からは「早く家を買え買え」って言われてるんですけど、まだ賃貸でして。ぼくは自分の居住地を自由に決めたいほうなので家を買いたいと思ったことがないんです。でも子どもが3人になったので、よく考えたらあんまり自由に動けないなと思って。そろそろ買わなきゃいけないかもしれないですね。

加藤 なるほど。状況に応じて決めるというスタンスなのですね。

シバタ 経済的には買う買わないでいろんな議論があると思うんですけど、家って経済的な話だけじゃなくて、かなりエモーショナルな話でもあるじゃないですか。

加藤 そうですよね。

シバタ 家を買いたい人はもうあまり細かい計算しないで買った方がいいんじゃないでしょうか。もちろんちゃんとローンが払える計算はしてほしいんですけれど。

投資の前に稼ぐ力をつけよ

加藤 最後に若者向けの話をしたいのですが、最近は投資が流行っていて、若い人も一生懸命がんばって毎月積み立て投資している人も多いと思います。幸福なお金の使い方とも関係すると思うんですが、若者はどんなふうに投資と付き合っていけばいいでしょうか?

シバタ ぼくもそうだったんですけど、若い頃ってお金がないわけですよね。そういう時にどうするかという話ですが、日々の生活費の支払いが困ってる時に投資なんかできない。

加藤 はい。

シバタ なのでまずは毎月のキャッシュフローをいかに黒字にするか、しかも可能なら大きく黒字にすることにフォーカスした方がいいと思います。会社でがんばって早く昇進して給料を上げてもらうとか、今だと副業するというやり方もあると思います。やっぱり投資をはじめるための前提として、毎月の生活費がなくても困らないようにして、投資に捻出できるだけの余分なお金をちゃんと稼ぐというのが最初だと思います。それができるようになるまでは投資で何とかしようと考えない方がいい。

加藤 シバタさんはいつから投資はじめたんですか?

シバタ 30歳超えてからですね。ぼくは81年生まれなんですけど、ぼくが日本にいた時はデフレだったんです。NISAとかiDeCoもなかったですし。アメリカに来てはじめて気づいたんですよね。401Kというのがあって、みんなインデックスを買って投資しているぞと。

加藤 それまではどうしてたんですか?貯金してたんですか?それとも使ってましたか?

シバタ 貯金してましたね。

加藤 なぜ20代のうちに株とかやらなかったんですか?

シバタ 忙しすぎたからですね。楽天にいた時はマジで仕事で忙しくて投資のことなんか考える余裕がなかったんで…。まあ若かったですし、その分仕事でたくさん経験させてもらえたからいいんですけど。

加藤 そのおかげで能力が高まって給料が増えたというのはありますもんね。

シバタ 本当にそうなんです。やっぱりお金に余裕ができるところまではちゃんと仕事なり副業なりして、自分で稼げるようになるというのは基本だと思います。PL(損益計算書)の世界で稼いで、稼いだ余ったお金をBS(貸借対照表)に入れてバランスシートを大きくしていくというゲームになると思うんですよ。

加藤 ええ。

シバタ そういう意味ではやっぱり自分のPL、特に収入を大きくするというところと、あとは支出を増やしすぎない、という2つをやってその投資資金をちゃんと捻出するというのが若い人にとっては一番重要だと思います。

NISAだけでなくiDeCoも活用すべき理由

加藤 なるほど。投資資金が捻出できたら若者はiDeCoとかNISAをやった方がいいでしょうか?

シバタ やったほうがいいと思います。特にiDeCoは税効率の面でもやったほうがいい。

加藤 税制上のメリットが大きいということですね。

シバタ はい。iDeCoは掛け金が所得控除になるので合法的な節税になります。たとえば、ぼくの税率が仮に30%だとしましょう。iDeCoに10万円入れるとすると、本来その10万円に課される3万円分の税金を節約できるわけです。iDeCoに入れなかった場合は10万円が7万円になっちゃうわけですよ。3万円税務署にとられちゃうわけです。

加藤 そうですよね。

シバタ でもiDeCoに入れると、10万円が10万円として残るのでその瞬間に3割得してるわけです。

加藤 すごいですよね。いま圧倒的にNISAの方が人気があってiDeCoが意外と使われてないような気もしてるんですけど、使った方がいいですよね。

シバタ そうですね。いきなり3割得できるんだったら、税引き前のお金で投資できるわけですからね。

加藤 最終的にiDeCo資金を受け取るときには一定の税金がかかる場合もありますが、運用中のメリットは大きいです。

シバタ あとは、これも余裕があればなんですけど、子どもの学費は生まれたタイミングで積み立てた方がいいですね。

加藤 それは保険会社の学資保険のような商品を買うんじゃなくて、iDeCoとかに入れていけばいいよってことですか?

シバタ  そう。証券会社の普通の口座でもいいと思います。

加藤 とにかく子どもの学費用として積み立てを、生まれた瞬間にはじめるのがおすすめだよってことですね。

シバタ たとえば生まれた瞬間に100万円入れたら、仮に年平均7%〜10%で運用できた場合、大学に行く18歳になる頃には100万円が400万円になってるんですよ。

加藤 たしかに。

シバタ 自分でいきなり100万円は出せない方も、たとえばご両親、おじいちゃんおばあちゃんとかから「将来の学費はわしらが出してやるからな」と言われているんだったら、18歳の時に100万円もらうよりも先にもらってそれを積み立てる方がいいです。

加藤 それはいい方法ですね。親からもらうにしても自分で積み立てるにしても、とにかく早くインデックスで積み立てるのがいいってことですよね。

シバタ そうです。

加藤 ためになるお話をありがとうございました。今回のお話は、基本的には誰でも実践できる話でもありますよね。余裕資金の8割〜9割はインデックス投資をして、さらに余裕があれば個別株に投資をするという。

シバタ そうですね。長期でとれるところに関してはもうそれ以外ないと思うんですよね。自分でいろいろやりたくなっちゃう気持ちもすごくわかるんですけど、やらない方がいいなと思います。

加藤 個別株投資については、自分のくわしい分野でやるのがいいよという話だと受け取りました。シバタさんの場合はITやテクノロジー領域がすごく強いからそこに投資するけれど、多くの人も自分が働いている業界や趣味などでくわしい領域を持っていると思うので、情報や知識でアドバンテージがある領域に絞って投資するのがいい、ということですよね。

シバタ おっしゃる通りです。

加藤 本日は改めてありがとうございました。

シバタナオキさんプロフィール

1981年生まれ。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程修了(工学博士)。楽天執行役員、東京大学助教を経て、スタンフォード大学の客員研究員として渡米。米国シリコンバレーで起業。noteで「決算が読めるようになるノート」を創業し、決算分析の独自ノウハウを伝授している(2022年に事業譲渡)。著書は『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP)、『テクノロジーの地政学』(日経BP)