
あなたのポジション、教えてください
どんな方針で資産を運用している? ――シバタナオキさんインタビュー前編
インタビュー連載「あなたのポジション、教えてください」第1弾は、シリコンバレーを拠点に活動するシバタナオキさん。東京大学大学院で工学博士号を取得後、楽天の社長室や米スタンフォード大学を経て、多彩なキャリアを重ねてきたシバタさんに、投資方針の考え方やアメリカ市場の見通しまで、幅広く語っていただきました。全3回にわたってお届けします。(聞き手:加藤貞顕)
目まぐるしい日々が生んだ「決算を読む力」の源泉
加藤貞顕(以下、加藤) 本日は投資の考え方やシバタさんの方針などをおうかがいできればと思います。まずはシバタさんの経歴をうかがってもいいですか?
シバタナオキ(以下、シバタ) もともとは大学院で工学系の技術経営を学んで博士課程を修了したあとに楽天に入社しました。当時ぼくが入った時は今よりもさらに営業色が強い会社で、エンジニアも全員最初は営業をやるという謎のカルチャーがあったんです。それで、ぼくも最初の半年はECコンサルタントとして店舗向けに提案活動をしていました。その後、社長室に異動してからは、毎月のように仕事内容が変わって、新規事業の準備室を立ち上げたり組織が整うまでのつなぎ役をやったりしてました。
加藤 社長室というと、三木谷さんと直接やりとりするってことですよね?
シバタ その場合もありましたし、他の方が入ることもありました。新規事業の準備室を立ち上げるときなど、三木谷さんが「これやるぞ」と言ってから実際に担当役員が決まるまでの1〜2ヶ月間は、ぼくがつないでいたこともありました。
加藤 社長直下で、次々と仕事を任されるってすごいことですよね。
シバタ 当時、社長室でコードが書けたのがぼくだけだったこともあり、役割が偏っていたのかもしれません。M&Aチームの隣にいたので、「ちょっと来い」って引っ張られて、買収時の技術デューデリにも駆り出されたりもしていました。
加藤 新規事業も買収も両方経験したわけですね。それって、すごい経験ですよね。
シバタ そうですね。あとは、ひたすら自分でつくりたいものをつくっていました。
加藤 というと?
シバタ いろいろですが、たとえば最後にやったのは、楽天市場のカタログを一から整備することですね。昔は同じアイテムでも店舗ごとにバラバラに扱われていてちがうアイテムになっちゃってたんですよ。そこを地道に統合していきました。
加藤 いままさにそうなっていますが、ある商品を検索したら、それが同じ商品か見極めて、だったらこっちの店舗のほうが安いよってちゃんと統合してくれるシステムをつくったわけですね。これってああいうサイトにとって、すごく重要なシステムだと思いますが、それによって楽天は売り上げがそうとう伸びたのでは?
シバタ そうですね。当初はそういう仕組みがなくて。夜な夜なデータを処理してようやく整った感じです。でも新規事業なんて基本は外すんですよ、打率は3割くらいでした。
加藤 3割ってそうとう高いですけどね。
シバタ そうですね。で、ひとつ失敗すると、あれくらいの規模の会社だとだいたい数億円の損になるわけです。ただ当たれば数十〜百億。一定以上の規模の会社だからこそ成り立つ勝負ですよね。3年ほどの在籍でしたが、コマース、ポータル、フィンテックと海外も含めて幅広いサービスを経験して、短期間で多くのものを見せてもらえた時間でした。
加藤 それはキャリア的にすごい環境ですね。
シバタ その意味では良かったと思います。ただ、毎日なにか事件が起きるので大変でした。楽天では当時、月曜の朝8時に全社員を集める朝会を開催していて、全社員が来るので参加者は万単位でした。
加藤 えっ、リアルのオフィスに集まるんですか?
シバタ はい、まだリモートワークはなかったのでオフィスに集まっていました。ぼくがいた当時はオフィスは品川シーサイドだったんですけど、そのビルの1フロア全体が集会用のスペースとなっていました。朝会では社長の挨拶の後、「先週のトピックス」というコーナーがあって、インターネットやフィンテック業界の重要ニュースを常務以上の役員が紹介するんですね。ぼくはその役員たちのゴーストライターを2年ほどやらされていまして。
加藤 三木谷さんの前でプレゼンするってことは、内容も相当吟味しないとですよね。
シバタ 90〜120秒のプレゼン用に、先週起こった業界の重要ニュースを3つほど選んでまとめるんです。これを毎週やるんですよ。ニュースなので事前準備ができないから、毎週金曜日は朝から何も予定を入れずに資料作成に集中して、夕方までに担当常務と社長の許可を得る必要があって。1万人の時間を2分使うわけですから相当なコストです。
加藤 それは大変でしたね。おもしろくなきゃいけないし、たとえば金融系の常務が発表する時はちゃんと金融の話をしなきゃいけないわけですよね。
シバタ はい、テクノロジー担当の常務なら技術の話と、ちゃんと分野に合わせた内容にしなきゃいけない。本当に大変でした。
加藤 これがシバタさんのヒットnote「決算が読めるようになるノート」を書けるようになった背景なんですね。
起業、そしてエンジェル投資家に
シバタ その後スタンフォードで2年ほど研究員をしてました。本当は日本に戻る予定だったんですけど、カリフォルニアの天気がよすぎて、そのままアメリカで起業しました。
インタビュアー 天気、重要ですよね(笑)。わかります。
シバタ そうそう。本当にそう思いますよ。で、起業に関しては、うまくいった部分もあればうまくいかなかった部分もありました。結果として、1つの事業を売却して、もう1つはクローズしました。起業家としてもっとうまくやれた部分もあったなと反省もありますが、一応、小さなエグジット(事業売却)が1件できたので、ひとまずの成果はあったかなと思っています。
加藤 それはすばらしいですね。
シバタ 一勝一敗といったところですね。それで、もう一度起業しようかとも考えたんですが、やっぱり投資の方がおもしろいと思って、本格的に投資にシフトしたのが去年くらいですね。その前はエンジェル投資をやっていて、1年半で60〜70社くらい投資していました。
加藤 エンジェル投資というのは、スタートアップ企業の創業初期に個人として資金提供することですが、そんなに多くの企業に投資するケースは珍しいですね。
シバタ そうかもしれませんね。スタイルとしては、他のVC(ベンチャーキャピタル)が見つけた案件に一緒に乗せてもらう形です。アメリカには「マイクロVC」と呼ばれる小規模なファンドが1000社以上あると言われていて、彼らは最初の投資はできても、次のラウンドでは資金が足りないこともある。そういうときにぼくが追加で出資するモデルです。
加藤 いまはVCのファンドのパートナーでいらっしゃるんですよね。
シバタ はい、現在、NSV Wolf CapitalというアメリカのVCのパートナーを務めています。我々は普通のVCとは少し異なり、スタートアップにも投資しますが、それ以外に他のVCにも投資を行っています。小さいけれども切れ味の鋭い、元起業家が立ち上げたようなマイクロVCに多く投資しています。
加藤 ファンド自体もけっこう大きいのですか?
シバタ いえ、ファンド自体は大きくないんです。大きくない方がいいモデルでして。一番リターンが出て、かつ一番むずかしいのが、会社ができたばかりのアーリーステージの投資です。そこで目利きができる人というのは、我々はよく「アンフェアな」と言い方をするのですが、アンフェアな経験とアンフェアなネットワークを持っている人でないとなかなかできません。
加藤 ああ、おもしろい言い方ですね。要するに偏った人、ということですよね。
シバタ そうです、起業家って、普通の人とはちがう独特の考え方や行動をする変わった人が多いじゃないですか。そういう、一般的な尺度ではものすごくバランスが悪いと評価されるような、独特の視点や強みを持った人が運営しているマイクロVCに投資をする、というのをポイントにしています。
加藤 ぼくは編集者なので、そういう視点は著者にも求めるところだったりします。なので、よくわかります。技術と偏った才能、そしてビジネスのすべてをバランスよく目利きできる、シバタさんならではの仕事だなと思いました。ということで、シバタさんの楽天時代から現在に至るまでのユニークな経歴と、投資に対する考え方がよくわかりました。
家族のための投資と、自分の欲のための投資
加藤 さて、そろそろシバタさんの個人投資についてうかがっていきたいと思います。シバタさんご自身は、どういった方針で自分の資産を運用されているのでしょうか?
シバタ 自分自身の資産という話でいうと、 たぶんほとんどの方と同じだと思うんですけど、家族のための投資と自分のための投資を分けています。家族のための投資は、子どもの学費やぼくと妻の老後の資金など、先のことを見据えた長期で安定的に増やしたいという投資です。自分のための投資は、たとえば去年特にそうだったんですが、エンジェル投資をしたいけどお金が足りない時、新しいゴルフクラブを買いたい時などに、自分で短期的に稼いで投資するという、自分の欲のための投資ですね。この2つを明確に分けています。
加藤 なるほど。家族向けは長期的な安定性を重視し、自分向けはより積極的な運用を行う、いわば趣味的な投資資産という考え方ですね。
シバタ そうです。資産配分としては当然家族のための投資の方がだいぶ大きくて、全体の資金の8割から9割くらいをそちらに入れています。日本だとNISAやiDeCo、アメリカだと401KやIRA(米国の税制優遇のある退職金積立制度)を積極活用して、長期で増やす投資をしていて、インデックス投資が中心です。
加藤 インデックス投資というのは、個別の銘柄を選ぶのではなく市場全体に分散投資する方法ですね。比較的リスクを抑えつつ、市場の成長に合わせて資産を増やせる手法です。
シバタ 基本的には米国あるいは全世界の株式市場と同じか、それより少し上回る程度の利益が出ればよいと考えています。
加藤 シバタさんほどの専門家でも、やっぱりそのやりかたが基本なんですね。企業とかにも超くわしいので、意外でした。
シバタ そうですね。そして、一度投資したら基本的にはそのままにしておいて触らないことが重要です。見直しても年に1回程度で、とにかく見ないようにするというのを注意してやっています。そのために、なるべくUXが悪い証券会社のサービスを使っています。
加藤 なるほど、使い勝手がよくないところがいいんですか?
シバタ そうです。使い勝手がいいと触ってしまうので、アプリをインストールしないなどの工夫をして、とにかく見ないようにしています。
加藤 なるほど(笑)。そちらの方にはS&P500などを大量に入れているわけですよね。最近は相場が乱れていて、下がっていますが、それでも放置しているんですか?
シバタ はい。基本的には放置です。一部のお金はNISAのようなもの、アメリカだと401KやIRAのように、売却益が出ても引き出すまでは課税されない仕組みになっているので、そういう口座では多少売買してもいいのですが、普通の証券会社の口座で持っているものは、リバランス(資産配分の調整)のために売ると、その瞬間にキャピタルゲイン(売却益)に課税されてしまいます。
加藤 過去に上がってきた分の税金を払うことになりますよね。それを払うのはもったいないから、なるべく売買はしないということですね。
シバタ そうですね。あとは投資は長い目で見ることが大事だと思っています。たとえば去年はS&P500が25%くらい上がっているので、仮に今年10%下がったとしても、2年トータルで見れば約15%くらいのプラスになります。そんなに悪くないですよね。
加藤 なるほど。相場が下がった時だけじゃなくて、毎月一定額を決まったタイミングで買い増す、いわゆる積立投資もしているんですか?
シバタ はい。それも含めて一度設定したらもういじらないようにしています。
加藤 毎月同じ金額を投入するということは、市場価格が安い時には自然と多くの口数を買い、高い時には少ない口数を買うことになりますね。これはいわゆるドルコスト平均法というやり方ですよね。
シバタ そうですね。当然一番安い時に買えればいいですが、それを見極めるのはむずかしいので一定の頻度で同じ金額を買い続けています。
加藤 それは日本の多くの投資家が実践しているのと同じ方法ですね。
個別株投資はS&P500に負けたことはないが…
加藤 自分のためにやっている、趣味的なエリアの投資のほうはどうですか?
シバタ 自分のためにやっている投資は、基本的に個別株ですね。個別株投資をちゃんとやりはじめてまだ10年は経ってないんですが、自分の中で毎年S&P500と競争していてですね。
加藤 ほうほう、結果はどうでしょう。
シバタ S&P500に負けたことがないんです。
加藤 ええっ!それはすごいですね。インデックス投資に平均して勝つのはそうとうむずかしくて、ぼくなんか全然勝ててないというか、プロも含めて、多くの人は勝ててないですよね。それって、かなりすごいことだと思います。
シバタ ただ、これはプロとして人のお金を預かってやっているわけではなく、自分のお金でやっているだけなので、他人のお金で同じことをするのはむずかしいと思います。中長期で見ると、どのくらいの時間軸で投資するかがすごく大事だと思っています。家族のための投資は非常に長い時間がとれるので、そういう場合はインデックスに任せた方がトータルでリターンは大きくなると思っています。
加藤 トータルというのは、運用にかかる労力や分析などの手間も含めてということですか?
シバタ いいえ、単純に資産の増え方を比べた場合の話です。これまで短期的にはS&P500に一度も負けたことはないけれど、もし20年や15年という長期間で比べると、インデックスの方が結果的に大きなリターンを出しそうな気がします。
加藤 なるほど。
シバタ 個別株はどこかで1回やらかしそうな気がするんです。
加藤 たしかに、一度大きく失敗すると、そうとうイタいですからね。
シバタ 毎年、S&P500に負けたらもうやめようと思ってるんですけど、なぜか負けないという(笑)。個別株の方は先ほど話したように、自分の欲のためにやっているので長期保有するつもりはありません。そういう意味では、家族のための投資と自分のための投資ではとっているリスクが全然ちがうと思います。全体的には、家族のための投資に8〜9割の資産を振り分けているので、仮に僕が個別株で大きく損をしても、ポートフォリオ全体へのダメージはほとんどないように設計しているつもりです。
加藤 なるほど、すばらしいですね。次回は、S&P500に負けたことがないシバタさんが、どんな方針で個別株に投資しているのかをうかがいたいと思います。
(次回、『投資基準は「アナリストの予想を超え続けているか」』は5月27日公開予定)
シバタナオキさんプロフィール
1981年生まれ。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程修了(工学博士)。楽天執行役員、東京大学助教を経て、スタンフォード大学の客員研究員として渡米。米国シリコンバレーで起業。noteで「決算が読めるようになるノート」を創業し、決算分析の独自ノウハウを伝授している(2022年に事業譲渡)。著書は『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP)、『テクノロジーの地政学』(日経BP)